2024.5.15

廃棄されるアクリル板から
世界にひとつの素材を生み出す
廃棄されるアクリル板から
世界にひとつの素材を生み出す

廃棄されたアクリルを美しい素材にアップサイクル

環境問題について語られるとき、「脱プラ」という言葉を耳にする機会は多い。

海洋ゴミや、マイクロプラスチックの健康への影響などが問題視されるなか、レジ袋の有料化や紙素材の包装の増加など、プラスチックの使用量を減らす動きを肌で感じることも増えてきました。

一方で、2020年、突然のコロナ禍により大量に製造された、アクリルパーテーション。必要性に駆られ急ピッチでつくられたものの、制限の緩和にともない撤去される場も増え、処分されはじめています。

「プラスチックそのものが悪いのではなく、正しく使用・処分されていないことが、環境汚染と結びつけられてしまう原因」と話すのは、株式会社ツクリの代表・井村さん。

表面的に「脱プラ」を語るのではなく、廃棄されるはずのものに付加価値をつけて再利用することで、ゴミそのものを減らしていきたい。

そんな気持ちを原動力に、アクリルパーテーションを美しいアクセサリーへと生まれ変わらせています。

商品が生まれた背景と、そこに込められた想いを聞いてきました。

アクリルが好き。その想いが原点。

井村さんが会社を立ち上げたのは2014年。

もともとは多摩美術大学で環境デザインを学び、新卒で入社したアクリル工場で15年間働いていた。

「卒業制作で、アクリルを使って模型をつくったんです。アクリルという素材の透明度や加工のしやすさ、表現力に惹かれて。パソコン上で図面を引くよりも、よっぽどそっちが楽しくて、アクリルをもっと極めたいなと思い、工場に入りました」

井村さん。アトリエ内のショールームスペースにて

入社したのは、家族経営のアクリル加工工場。材料となる大きなアクリル板を切り貼りし、水族館の水槽や店舗の外看板、百貨店の商品ディスプレイなどを製造しているところだった。

美大出身の井村さんの入社をきっかけに、デザインから一貫して担う仕事も増えていく。オリジナル商品を開発するなど、会社も大きくなっていった。

「ずっと居てもよかったんですけど、もっと自由に働きたいなと思って退職したんです」

ただ、分業が基本のなかで、設計から予算の組み立て、加工、現場での取り付けまで、全部一人で対応できるのが井村さん。今までにないものをつくりたいときや急ぎの場合は、井村さんが対応するほうが、効率がよかった。

次の会社に入るまで、と思って仕事を受けてきた延長に、いまがある。

「気づいたら9年目になっていました。今もメインの仕事は変わらず、水族館の水槽や百貨店の陳列用のディスプレイ。デザイン込みで制作と販売をしています」

「脱プラ」がきっかけ。
プラスチックを悪者にはしたくない。

「5,6年前くらいかな。「脱プラ」っていうワードが世の中にすごく出てきて。アクリル職人としてずっと僕らがやってきたことが、急に社会的に負のジャンルというか、環境によくないものを生み出している、みたいな風潮になったときに、なんか気持ちわるいなって。プラスチックそのものより、その使い方の問題なのに、と思っていました」

そんなとき、突然のコロナ禍がやってくる。

井村さんのもとにも、アクリルパーテーション製造の仕事が急に舞い込むように。

病院などの施設ごとに合わせた仕様のアクリルパーテーションを設計しては、すぐに製造する忙しい日々。

「ただ、ちょっと待てよ、と。お客さんに『これって将来的にどうなります?』って聞いたら、『コロナが終わったら捨てるんじゃない?捨て方わからないけど』って」

「いろんな人からそういう話を聞くうちに、また脱プラっていうワードが浮かんできて。これがゴミになったら、また悪者になるかもしれない。そう思ったときに、これが全部、びっくりするようなものに生まれ変わったんですっていう結末に、上塗りできたらいいなと思ったんです」

アクセサリーパーツを打ち抜いた後の再生アクリル
再生アクリルから打ち抜いた、形の異なるパーツも無駄なく使う

ほかの会社でもつくれるパーテーション製造はそこでやめ、大量廃棄されないための方法を、模索しはじめた井村さん。

「ディプレイを製造するとどうしても端材が出るんですけど、脱プラの話があったから捨てずにずっと取っておいて。色のついたアクリル板と、透明なアクリルパーテーションを温めながらミックスしていくと、試作の段階できれいな板をつくることができたんですね。接着剤と着色料は使わないようにしているので、これをさらに何回でも再生することもできる」

同じものはつくれない、唯一無二の表情

「同じ廃材をミックスしても、その日の温度や湿度が1℃違うだけで、全然違う柄になっちゃって。同じものをいくつもつくることはできないんですけど、逆にそれは、世界にひとつだけのものとも言えるんじゃないかと思いました」

2020年、開発のすえに生まれたのが、アップサイクルのアクセサリーブランド“SHITSURAE”。

「ゴミになるはずだったアクリルパーテーションが、身につける美しいアクセサリーっていう、真逆のものに生まれ変わるのがおもしろいなって。手作業でつくるので、大量生産ができないぶん、値段も上がってしまうんですけど、それだけ付加価値のある製品であればいいのかなと」

透明度が高く、加工性の高いアクリル。さまざまな素材との組み合わせを楽しめることも魅力のひとつ。

化粧品会社で余ってしまったテスターのアイシャドウや、築地市場で使われていた木製の棚の破片、刺繍屋さんの美しい糸の切れ端など、さまざまなものがアクリルとミックスされ、付加価値のあるものに生まれ変わっている。

木の突板を挟み込んだ再生アクリル

「値段が高いことで、大事にしてもらえる面もあるかなと思います。簡単につくれる安価なものだったら、きっとちょっと気に入らないだけで捨てられてしまう。それだと意味がないので、今の形が正解かなと思っています」

取り組みが知られるにつれて、「こんな廃棄物が出るんだけれど…」と相談を受ける機会も増えている。自動車の部品や紙、コーヒー豆。いろんな工場ならではの相談が来るのがおもしろいという。

持ち込まれたスパイスを入れたアクリル

クライアントの水族館では、不要になった水槽や看板を引き取り、グッズとしてショップで販売もしている。

「水族館の内装には青やグレーをよく使うので、モチーフとの相性もいいんです。その場所で使われていたものの色味や素材を活かして、生まれ変わらせたものをそこで再び販売する。そんな『ゴミの地産地消』も増やしてきたいですね」

水族館の水槽から生まれ変わったアクセサリー

「環境にいい」がものづくりの当たり前になる

「原点でもある、アクリルを無駄にしたくない、アクリルの良さを多くの人に知ってほしい、と言うのはもちろんありますね」

「廃棄されるものを、という視点だと、新たなものに生まれ変わらせるのは、いいやり方だと自分でも思っています。ただ、2年間販売して思ったのは、『環境にいい』っていうことはそこまで消費者が買う理由にはならないんです」

廃材でつくっているということのは、あくまでストーリー。使いたいと思えるデザインか、好きになってもらえるかどうか、商品として魅力的であることが、とくにアクセサリーでは重要。

「だから、僕たちつくる側が、環境にいいものをつくり続けなきゃいけないってことだと思います。環境にいいものづくりをするということは、きっとこの先当たり前のことに変わっていくんじゃないかなと思います」

井村さんの生み出したプロダクトは、どれも美しく、純粋に身につけたいと感じた。

デザインが優れているのは前提で、かつ環境にもやさしいものを。

表面的な「脱プラ」に取り組むだけではなく、本質的にサステナブルな仕組みを考えていくことが、これからのものづくりに求められることなのだと思う。

人対人の関係で、新たなものを生み出したい

井村さんは、今後どのようなことに挑戦していきたいのだろう。

「アクセサリーからはじまり、フラワーベース、看板まで。もともと加工性能が高いアクリルに『世界にひとつ』という要素が加わるので、できることは無限大に感じます」

「不要になったら回収してまた再生できるし、とてもおもしろい素材です。今後もいろんな人たちと一緒に考えながら、新たなものづくりにチャレンジしたいですね」

現在、大学生ボランティアと一緒に活動も行なっている。アクリルの回収から取り組み、それを活用して生み出した製品をイベントで販売、利益を寄付するという一連の流れに伴走している。

これから関わる人たちにも、ぜひアクリルパーテーションの回収から体験し、素材の可能性を考えてほしい

「企業も、大学生も、僕も、この素材を前にすると立場に関わらず対等に意見交換できて、フラットな雰囲気が生まれる感じがします。捨てられてしまうものから何をつくろう、というワクワクがそうさせるのか。ほかにはない技術だからなのか。人対人との関係で進められる楽しさがありますね」

ものづくりの担い手としての使命感を持ちながら、何よりも自分自身が楽しみ、前向きに素材と向き合い続ける。

井村さんとともに考え、形にしていく未来のものづくりは、きっと明るいものになるはずです。