2024.6.5

見つけて、砕いて、塗装して、
ものと人との距離を縮める
「素材ペイント」の可能性
見つけて、砕いて、塗装して、
ものと人との距離を縮める
「素材ペイント」の可能性

ボタンひとつでどんなものでも購入できる今の時代。

安く、早く、便利に手に入る消費生活のなかで、「壊れたらまた買えばいい」「いらなくなったら捨てればいい」という考えが、当たり前になってきてしまったように思います。

ものづくりの世界でも、低コストで製造するための分業が当たり前に。安く大量にものを生産し、それらを売り捌く、効率重視の体制が築かれていきました。

大量に生み出される商品のうちのひとつではなく、愛着を持てるたったひとつのもの。それが身近にあることで、生活は少し豊かになるように感じます。

素材を探し、砕き、塗料をつくり、塗装する。「素材ペイント」と呼ばれる一連の手法を提案しているチームが、RENO OIL WORKSHOP COMMUNICATIONS(以下、RENO OIL)。

一貫して自分たちの手で行うことで、実感の伴ったものづくりに取り組んでいます。

彼らが重要視していることのひとつが、ワークショップ。使い手自身がつくる過程に加わることで、完成したものに愛着を持ち、大切に使い続けることにつながっていきます。

一時の消費のためではない、長くそばに置きたくなるものを選ぶこと。ものづくりの過程に関わるからこそ生まれる愛着や、ものと人とのつながり。

今の社会で見直されるべき価値を、改めて思い出させてくれる。そんな活動を紹介します。

古材を生まれ変わらせたい。天然素材の塗料への挑戦

RENO OILの活動がはじまるきっかけは2020年。

長年塗装業を生業にしてきた「中村塗装工業所」の代表・中村さんと、そこで働く高須さん、一級建築士事務所「行為資源開発」の田中さんの3人で活動している。

左から中村さん、高須さん、田中さん

当時、古民家の廃材活用の活動に参加していた田中さん。

解体時に出る廃材を別のかたちにリサイクルできないかと、中村さんたちのところに相談に行ったことがはじまりだった。

「木、瓦、藁、土、井草、石、紙…。古民家の解体現場に行くと、古民家が自然素材だけでできていることを実感します。これらを転用したいと思ったとき、ケミカルなものと混ぜると、ちぐはぐになってしまうように感じました」

「中村さんたちには、あえてケミカルの塗料を封印してもらいたいと伝えて。二人はとてもアイデアマンなので、ハードルの高いお題を出すほうが、きっとおもしろいものが生まれてくると思ったんです」

中村さんは、当時のことを思い出してこう話す。

「エポキシ樹脂を中心に、一般的なケミカルの塗料をずっと扱ってきたんです。それを使わずに天然の素材でやってみてと言われて、経験はなかったけれど、まずチャレンジしてみようと思いました」

素材ペイントのサンプルをつくる中村さん

通常は仕入れた塗料を用いて塗装することが当たり前。塗料の材料から自分の手でつくる体験は、中村さんにとってもこれまでにはない新鮮なものだった。

「何か新しい話が来たら、いつもまず手を動かしてみるんです。今回も、昔学んでいた油絵のことを思い出して、油と混ぜたら固まるんじゃないかって。実際にやってみたら、思った通りにしっかり固まったんですよね」

つくる過程を体験することで、自分ごとになる

素材ペイントは、素材を粉砕し、アマニ油と混ぜるだけというシンプルな塗料。アマニ油はかつて、天然の建材の材料に使用されていたこともある。

土や木材、砂浜の砂、変わったものだと溶岩まで。乾燥していれば、大抵のものは材料として活用できる。

循環素材だと、使用済の瓦や陶器のB級品、石材を加工した際の端材など。瓦については、モルタルの代用として土間などに実際に施工したこともある。

瓦を塗装した玄関土間

取材当日、実際のワークショップの様子を再現してくれた。

「これを使ってみましょう」と、植木鉢に入っていた軽石や、飲み終えて乾燥させていたコーヒーの粉を手に取る。

軽石を粉砕器に入れて粉末にする様子

まずは、素材を機械で砕いて粉末状に。それをアマニ油と混ぜ合わせ、仕上がったものをヘラで板に塗っていく。

一見シンプルではあるものの、塗装を体験させてもらうと、ムラなく塗るのが思った以上に難しい。

「明るい色の石が、意外と濃いグレーの塗料になりましたね。白い陶器を砕いてもなぜかグレーになるんです。実際にやってみるまでわからないところも面白さですね」

「僕たちは体験を大事にしたい。完成したものを手に取るだけでなく、ワークショップで実際に触ると、自分ごとになっていく。この体験を大切にしたいというのが僕らの活動です」

軽石を使って簡易的につくった素材ペイントサンプル

あるお客さんは、自宅の庭の土を材料に、新築の家の扉を塗ったという。

完成品を手に取るだけでなく、素材を集め、つくる過程から関わることができるのが素材ペイントならでは。

「そういう商品ってまずないと思うんです。扉やテーブルの天板、たとえ小さな鉢でも、自分の手で塗って完成させたものがひとつでも生活のなかにあるっていいですよね」

「素材をつくったり、塗ったりしている間、みなさんどんどん考えが広がっていくんです。『ほかの素材でできるんじゃないか』『あそこにある砂も使ってみよう』って、我々が何も言わなくても動きはじめたり。その瞬間を見るのもおもしろいんです」

一つひとつ指導するというよりも、お客さん自身の想いで動き出したものをフォローする役割でいたい、と中村さんは話す。使い手自身がつくり手となることで、ものに特別な想いが加わり、唯一無二の価値が生まれていく。

ワークショップの様子。さまざまな表情を見せる素材ペイントに興味津々の参加者。

不安定さも個性として。愛着を持てる素材の力

素材ありきの塗料だから、どのような色が現れるか、どれくらい密着するのかは、実際にやってみるまでわからない。

塗りつける下地の影響も大きく受けるので、一概に「このような仕上がりになる」と言い切れない部分も多い。

「油を吸ってしまう素材が相手だとうまく塗料が密着しないので、先に油のみを下地に塗って、その上からペイントしていきます」

「異なる下地を同じ仕上がりにしたいときは、砂を入れたエポキシ樹脂を先に塗って、状態を同じにしてから塗装をする。ケミカルなものを使わなければいけない葛藤はありますけどね」

本当は、個々の仕上がりの違いまで楽しんでもらえたら理想的。

不安定さも個性として捉えられると、味わい深い。

素材から塗装までの一連のプロセスを見せるワークショップシート

ケミカルな塗料と比較すると、扱いづらく感じる部分もある素材ペイント。

大きなポイントのひとつは、油が乾燥するまでに時間がかかること。素材にアマニ油を加えるのみだと、完全に乾くまで1年ほどかかってしまうため、乾燥促進剤も添加している。

それでも、表面が触れるようになるまで3日ほど。中までしっかり固まるまで1ヶ月はかかる。

また塗装も、ゆっくりと時間をかけて丁寧に行っていく必要がある。

「必要な材料は、少なくとも『面積×1kg』。時間がかかっても、なるべく薄く均一に、1ミリ以下で塗るようにしています。スピード重視で分厚く塗ってしまうと、乾くまで時間がかかるし、材料も余分に必要になってしまう」

大きい面積は塗るのが難しく、これまで2人で13平米ほどを塗ったのが最大サイズ。それ以上だと塗装の継ぎ目がはっきり出てしまうので、塗料の配合を変えたり、大人数で短時間で作業したりなどの対策が必要になる。

「こんなに塗るのが難しいんだって、ワークショップに参加してもらうと実際に感じてもらえると思います。空間のなかにある家具をがんばって一緒に塗って、少し欠けたら自分で補修をして、今後その場所でずっと生きていく。それに意味があると思うんですよね」

宮城県大倉山の赤土を塗装した、レストランのカウンターテーブル

「完成後、油が跳ねたら吸って跡になってしまう場合もあるし。普通の塗装だったらクレームになっているような案件も、なかにはあるかもしれません。素材そのものに魅力があるから、寛容に受け入れてもらえているんだなと思いますね」

循環素材やリサイクル材をなんとなく取り入れたいという人だと、扱いにくさにばかりに気をとられてしまうかもしれない。

素材から自分の手でつくることへの一貫性。そこに大きな価値を感じてくれる人たちとつながっていきたい。

「ものに愛着を持ってくれる人が増えていくのが、ひとつの目指すゴールかなと思っています」

教えてくれたのは、「GAYA」というインドのアパレルや雑貨を販売するお店の事例。

数千年続く伝統的な染色技法でつくられたインド更紗を、日本人向けに仕立て、販売しているこのお店。自然素材で染色するサステナブルな技法は、RENO OILの活動と通ずる部分もある。

改装を手がける際、お店のアイキャッチとなる壁一面を、素材ペイントで塗装することになった。

GAYAの店内。奥の壁が素材ペイントで塗装したもの。

使用した素材は、インドで日常的に飲まれているチャイの器。飲み終わったあとに、器を割る習慣があるという。

可愛らしく人気のため、GAYAでも売り物として輸入するものの、そもそもが割れやすいつくり。お店には割れてしまった器のストックがたくさんあると教えてくれた。

当日、材料にするため割れてしまったチャイの器を砕いていると、店の創業者で、現店主姉妹のお母さんが、玄関に飾っていた神様の置物も一緒に入れたいと持ってきた。

塗料の材料となった置物や土器

「これって、ものに愛着を持つとかっていう次元を超えていると思うんですよ。今までだったら処分もできなかったものだけど、これを機に壁に生まれ変わるなら、素材の一部にしていいっていう」

「その判断って僕らの想像の範囲を超えたもので、そういう瞬間を垣間見るときはすごく興味深いです。自分たちがいい仕上げをするっていうのとは別の話で、すごくいいものが仕上がったなと思いました」

コミュニティから広めていきたい、ものづくりの原点

今後は、ワークショップを定期的に実施し、そこでおもしろさの共有を続けていきたいというRENO OILのみなさん。そのなかで、中村塗装工業所として、塗料の商品としての販売も視野に入れている。

「素材ペイントを広めてくれる人たち、積極的に使ってくれる人たちを増やしたいので、ファンクラブのようなコミュニティをつくりたいですね。ノウハウや知見を交換しあって、広まっていくといいなと思っています」

一般のお客さんのほか、興味を持ってくれるプロが増えると、エンドユーザーの施工の幅もより広がっていくはず。

「『なにかをつくってみたい』って自ら思うことって、普段あまりないと思うんですけど、素材ペイントを通すと、それが簡単に言える。ものをつくるときの一番根幹となる話が自然にできるってすごいと思うんです。創造の原点のような気がするんですよね」

「この塗料が当たり前に使われている、選択肢として存在しているのが、目指したい未来の究極かもしれません」

工業化のなかで私たちが忘れかけている、自分の手でものをつくる実感。

完成された商品を買うこととは違う、想いの詰まったものを暮らしに取り入れる充足感は、素材ペイントだからこそ、得られるものだと思います。

楽しみながら、ほかにはないチャレンジを続ける。RENO OILのみなさんと活動することは、持続可能なものとの関わり方を考える機会になるはずです。