2024.5.22

皮から革へ
人にも環境にもやさしい
植物なめし技術を携えた挑戦
皮から革へ
人にも環境にもやさしい
植物なめし技術を携えた挑戦

「革」に、どんなイメージを持っていますか。

ファッションの一部として、靴やカバンに取り入れることが多い一方、どのような工程を経て革が生まれるのか、詳細を知っている人はそう多くないのではと思います。

豚や牛、馬など、動物の皮を原料とする、革製品。動物愛護の観点から革製品を避ける動きもありますが、多くは食利用した後に残る皮を活用しているもの。いただいた命を最後まで大切にするため、必要で意味のある利用方法と言えます。

動物の「皮」を、製品として使える「革」に変える。その加工工程のひとつに、腐敗や変質を防ぐための薬剤を皮に浸透させる「なめし」があります。

市場に流通する革製品の9割は、重金属系薬品の“塩基性硫酸クロム”を使用した「クロムなめし」という方法を採用しています。スピーディーに加工できる一方で、工場の排水や仕上がった製品から、人体や環境に有害な成分が検出されることがあり、問題視されてきました。

今回紹介する山口産業株式会社は、クロムの排出量を減らすため、自然素材の植物タンニンを使用する「ラセッテーなめし」製法を30年前に開発。クロムなめしから方向転換し、現在は100%この方法で革を製造しています。

子どもや敏感肌の人でも安心して使うことができ、自然に還すこともできる。効率と価格優先の考え方から脱却した、サステナブルなものづくりへ。

時間をかけて試行錯誤しながら、唯一無二の地位を築き上げた、山口産業の話を紹介します。

後発だからこそ、技術を追求したい

山口産業の代表は、3代目の山口明宏さん。1938年におじいさんが豚の皮のなめし工場(タンナー)として創業した。

会社のある墨田区近隣には、当時100件ほどタンナーがあり、山口産業は同業者と比べると、10年ほど後発でのスタートだったという。

代表の山口さん。後ろにある大型の木製ドラムを回転させて、皮の洗浄やなめしを行う。

「お客さんは、靴やカバンなど革製品のメーカーさんがメインです。後発だと、マーケットが抑えられているから、選ばれるために技術を磨くしかありませんでした。当時はクロムなめしだったので、たとえばお客さまの望む染色にどううまく合わせるか、とか。技術開発には、昔からずっと挑戦してきた会社です」

「でも、大手の競合の後を追おうとすると、『いくらでできるの?』と必ずお客さんに聞かれる。価格競争が常にある、苦しい時代をずっと過ごしてきました」

必然的に、大手企業が手を出さないニッチな案件や、少量でもこだわりの革を求めるお客さんたちとの仕事が増えていった。

また、だんだんと、クロムなめしの有害性が謳われるようになる。山口産業では、クロムを含む排水量の削減にも、長年積極的に取り組んできた。

そんな会社のバックグラウンドが、現在にまでつながっている。

試行錯誤しながら「ラセッテーなめし」を独自開発

1990年代、先代のお父さんがフランスの展示会を訪れたことが、ラセッテーなめしが生まれるきっかけ。

「展示会の一角だけ、紅茶のようなにおいがしたって言うんです。そこは、ミモザアカシアの木から採れる植物タンニンを使って、クロムなめしと同じような革をつくっている会社。彼らは牛皮だったけれど、うちは豚皮を扱っていたので、日本に帰ってトライすることにしたそうです」

「ほかと差別化をして、価格競争から脱却したい。そのために新しい技術に挑戦するし、人の身体や環境に優しいものなら需要も生まれるだろうと。今で言う、ブルーオーシャンですよね。レッドオーシャンから脱却する必要があると、父も感じ取っていたんだと思います」

なめした革をプレスする様子

クロムなめしが開発される以前は、植物タンニンなめしが革産業の主流だった。ただ、以前の方法でなめしても硬くて厚い革にしかならず、現代の製品には馴染まない。クロムなめしの代用品となる、新たな植物タンニンなめしを開発する必要があった。

「父は馬鹿正直で、毎回300枚ずつテストするんですよ。でも、強度が弱かったり、質感がイマイチだったりで、失敗も多い。失敗したものを置くための倉庫をわざわざ月何十万も払って借りていたくらいです」

「最後、倉庫を空けるときには、何万枚にもなっていました。ただ、そのときの失敗が、今につながっているんです」

環境にも人にもやさしく、高品質。ラセッテーなめしの特徴

短時間で処理が完了するクロムなめしとは異なり、時間をかけてタンニンの成分を皮に浸透させていくラセッテーなめし。時間と手間がかかるものの、こだわりを持って良質な革を扱いたいお客さんから、高い評価を得ている。

ラセッテーなめしでは、強度や重さ・耐熱性など、従来の植物タンニンの弱点であった部分を解消。また染色も含め、すべて材料は自然由来。出来上がった革を焼却処分する際も、有害物質が出ることなく炭素化するので、そのまま土に還すことができる。

通気性がよい豚皮の特徴を生かしつつ、ふわっと弾力のある革をつくることができるため、環境配慮に加えて品質面でも評価されているという。

柔らかな風合いの、ラセッテーなめしでつくられた革

山口さん自身は、ずっと家業を手伝ってはいたものの、30年ほど前に保険会社の営業職を経て正式に入社。

ラセッテーなめしで製造した革の販売先を見つけるのが、大きな仕事のひとつだった。

「ラセッテーは、朽ちた葉という意味のrussetを元にした造語です。葉っぱが地面に落ちて、養分になって、また翌年葉が開いて花が咲くように、循環型の社会を考えよう、というのが由来です」

「けれど、当時はまだきらびやかな素材が注目されていた時代で、人にも環境にもやさしい、と言っても誰にも響かないんです。当然安くはないし、工程も少し増えますから。なかなか採用されないのはわかっていたので、わかる方に提案しなければと思いました」

最初に採用されたのは、カバンの裏地。「これからの時代は値段が高くても環境にいいものを選ばなければいけない」と、一歩先の判断してくれたメーカーとは、今でも付き合いがあるという。

その後、シューズの中敷きや時計のバンドなどにも採用。

ただ、実績が出てきたとはいえ、ラセッテーは会社全体の生産量の10分の1ほどだった。

「僕らだって手探りだし、どれほど需要があるかもわからない。そんななかでも、親子の夢は、クロム半分ラセッテー半分にできたらいいよね、と。もちろん、いつかクロムを使わなくて済むようになったら一番いいと思っていました」

事業の転換と挑戦、ラセッテーなめし100%の製造へ

段々と輸入品が主流となり、国産品の割合が少なくなっていく革業界。同業のタンナーも閉業するところが多く、山口産業の経営も厳しくなっていた。

そんな2015年、思い切ってクロムなめしを辞め、ラセッテーなめし一本に絞る決断をする。山口さんが代表を継いだタイミングと同じだった。

ラセッテーなめしに絞ったことで、製造量は以前の10分の1ほどに。ちょうど社員の定年のタイミングが重なったため、無理なく会社規模を縮小し、経営を成り立たせることができた。

それと同時に、これまでとは違う種類の引き合いが増えていく。

「本当にクロムを一切使っていないんですか、だったら一緒に取り組みませんかって。ラセッテーなめしっていう技術があったのが、本当に救いですよね。そこだけは、誰も泳いでいない海だったので、自由にブランディングができたんですよ」

現在は、海外の大手メゾンのサプライヤーとして、革をおろしているという。

「うちの場合、譲れないのは何より技術。必ず守っていかなければいけないし、磨いていかなければいけない。生産量を絞らなきゃいけなくなったぶん、お客さまも、当社の活動について理解してくださる方たちと組む方向に変化していったんですね」

人の手で天井に吊り下げ、革を乾かす

SDGsという言葉を頻繁に聞くようになった今でも、いまだに安く大量につくるものづくりが良しとされる側面がある。

そのなかでも、しっかりと自分たちの価値を伝えていくこと。理解し共感してくれて、正しく活用してくれる人たちに届けていくこと。

そうすることで、少量でも付加価値の高い取引を行うことができるという証明になっている。

命とともにある仕事

現在山口産業では、原料となる豚皮を、動物福祉に配慮した養豚場からのみ仕入れている。

食肉加工場から出る皮と比較すると、3倍以上の値段になるものの、海外メーカーとの取引では、その基準を満たすことも当たり前になってきているという。

「狭い檻の中でずっと過ごしていたり、掃除しやすいようにコンクリートの上で生活していたり。ストレスを感じる環境ではなくて、うちの取引先では、豚たちが広いスペースを自由に動き回っています」

ストレスフリーな環境で育つ豚(株式会社 七星食品

「食べているのは、小豆島のオリーブ。バイオペットの土の上で糞や尿をして、それが堆肥になって農家さんに重宝される。もちろん、お肉はすごくおいしい。入荷量は多くはないけれど、そういうところから仕入れた皮に絞って製造しています」

自社製品以外に、全国の猟友会や自治体から狩猟後の獣皮を受け付け、革に加工してまた返す「MATAGIプロジェクト」にも取り組んでいる。

産地に戻った革は、地元の商品として加工されたり、産地からメーカーに販売されたりしているという。

「プロジェクトに登録している、全国700箇所くらいから送られてきます。加工費分だけいただいて、革にして。あまり儲かる仕事ではないんですけどね」

全国から送られてくる野生動物の獣皮。

それでもやっていく理由はなんなのだろう。

「そもそも、やっぱり命をいただいて生きているわけじゃないですか。いただいたものをちゃんと活用させていただく役割を担っているのが当社。やっぱり畏敬の念を感じるというか。動物の尊厳をちゃんと守らなきゃいけないんだっていうのは、子どものころから根付いてきた感覚なんです」

革産業自体が、動物の命あって成り立つもの。

自分たちの仕事に関わる、あらゆる物事の持続可能性を考えたい。そんな想いを感じ取ることができた。

対話をしながらマーケットを育てていきたい

これから山口産業はどんな未来を目指していきたいのか。

重要視しているのは、対話をしながら同じ方向を向いていけるパートナーと進んでいくこと。

「値段の高い安いではなくて、同じマーケットを見極めて、対話ができるブランドさんやメーカーさんとものづくりをしていきたい。この素材をどう育てていくか、どんなマーケットをつくっていくか、一緒に考えたいですね」

「そうしないと、将来海外のブランド品に負けちゃうと思うんです。そのための一歩を踏み出していかないと、日本の革産業は衰退してしまうと思っています」

ラセッテーなめしでつくられたレザーを使ったジャケット

今後、自分たちで独自のブランドを立ち上げていくことも検討している。

「わかる方には、品質でこれが本物だと伝わると思う。自分たちの価値をしっかりわかってくれるお客さまにご案内したいし、そういう方に向けて発信できるような媒体さん、店舗さんと出会えたら、これ以上のことはないですね」

従来のビジネススタイルから離れ、持続可能性を優先する方向に舵を切るのは、簡単なことではありません。

それでも、自分たちの価値を確立し、共感してくれる人たちに届けることで、長く生き残っていける強さが生まれる。

挑戦し続ける山口産業の姿勢は、あらゆる循環型のものづくりに挑戦する人たちに、勇気を与えるものになるはずです。